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質のいい「わがまま」を

by 喫茶ラムピリカ

喫茶ラムピリカのデッサン会、改め

「ー自分のまんなかに出逢うー 遊ぶる描画会 ◯ 如月」

2月23日に、リニューアル後の初開催。

イベントページ

去年、14回も開催したデッサン会になぜか行き詰まりを感じて、

「デッサン会を育てるために、知恵を貸してください・・!」

年末に、声をあげてみた。

結果、たくさんの方にデッサン会を体験してもらい、素直な感想やアドバイスをいただいた。

その中で「目から鱗」が山ほどあった。

Drawing by Ai Aizawa

まず、ファシリテーターである私、店主・千秋と、画家のあいちゃん。

私たちは、実は「絵を描くことに慣れた人たち」なんだということに気づいた。

「そこ?!」

と思われる方もいるかもしれませんが、そこです。

灯台の下(もと)が、真っ暗だったのです。

「自由に描いてください」

「楽しく好きに描いてください」

そう言われて手放しで喜ぶのは、実は、子どもたちか、日頃から描き慣れている大人たちくらいなんだと。

このことに、「描き慣れている」私たちは、気づくことができなかった。

それに対してデッサン会に参加してくれていたのは、ほとんどの人が絵に苦手意識があったり、自分の殻を破ろうとして、勇気を出して集ってくれた人たちだった。

彼らに対して、寄り添いもガイドも何もないまま、

「さあ、自由にどうぞー !」

これでは、言ってみれば、あまりに乱暴だったというわけだ。

「寄り添いやガイドがもっと充実することで、参加者全員の安心感が、確実に増すはずだ」

ということを教えてもらった。盲点。盲点!初歩的なことを見落としていた。

デッサン会、とてもいいコンセプトで開催しているはずなのに、〈なぜか拭うことができなかった分離感〉のようなものの正体は、これだったのか・・・と。

「デッサンとはこういうもの」

「絵を描くとはこういうこと」

そんな思い込みが、自分たちに浸透しきっていることを気づかせてもらった。

全員で、作り上げるのだ。

空間を。時間を。自由を。表現を。

誰かが置いてきぼりになっていたら、最高の循環は生まれない。

全員が安心しきった中で、全員が、自分の内側の声を表に出してあげる。

だからこそ、生まれ得る化学反応というものがあるはずなんだ。

これからの時代---【共生・共存の時代】に向けての大きなヒントすらいただいた気がした。

正直に自分たちの意見を話してくれたみんなには、感謝しかない。

それ以外にも、デッサン会、変化があった点は、ざっくりと書いただけでも以下の通り。

変更前 皆さんの感想やアドバイス 変更後
名称「ラムピリカのデッサン会」 「デッサン」という言葉は敷居が高い印象がある。美術経験者にのみ開かれているような感じ。 「ー自分のまんなかに出逢うー 遊ぶる描画会」に名称リニューアル
デッサン会のほとんどの時間、千秋は飲食のオーダーに対応していて、デッサンスペースには居ないことが多い どう描いたらいいのかわからないとき、すぐに相談や質問できる人が常にいてほしい 飲み物やおやつをセルフサービスにして、千秋が常に全体を見守る体制に変更
ファシリテーターのひとり、あいちゃんは、「率先して楽しく描く」ことで参加者の皆さんを牽引するような役割 「楽しそうに描いていて羨ましい」と思ったけど、集中して描いているあいちゃんに何か質問したりアドバイスを求めることは正直しにくかった あいちゃんはファシリテーターではなく、マスコットキャラクターへの昇格。これからも、率先して楽しく描くことに集中する。
何種類もの描画材を用意。参加者の皆さんは自由に使ってOK。 使い方がわからない画材があったり、描画方法や絵のコツなどのワンポイントアドバイスなどしてくれると嬉しい 描画開始前に、「素材と出逢う」時間を設けて、簡単な実技つきレクチャーを行う(扱う素材は毎回変わる)
デッサン終了後に、感想や作品をシェアする時間が15分ほどある この時間が一番楽しいから、もっと長くとって欲しい。なんならご飯やおやつを食べながらゆっくりやりたい。 好きなご飯を食べながら、感想や作品をシェアする時間を約1時間用意することになった
「感じて、描く」「本音を探りながら、描く」ーこの楽しさがわかるようになるまで、少なくとも三回くらいは通ってもらいたいと、参加者の皆さんに対して思っている もっと伸び伸び描けるようになるまで、何回も参加してみたいけど、慣れるまで連続参加する動機になるようなことがあったらいい デッサン会に5回来たら、次の6回目が無料になる仕組みが誕生
あいちゃんと千秋がファシリテーターで、ともこさんがモデルさんをやることが多くて、この3人がメインでデッサン会をつくる人 参加しながら気づいたことや、デッサン会がもっと良くなるアドバイスができるのは嬉しいし楽しい。育てている感覚がある。 「みんなで一緒に育てていきたい描画会」へと完全方向転換

と、ざっくり書いただけでもこんなに変わった。

本音で関わる人数が増えたことで、こんなにも新しい視点や改善点が加わった。

すごい。すごい。

そして待望の、変更後の第一回目。

その時のことをやっとここから、ご報告。

まず最初は、30分、喫茶店開放の時間。

フリードリンクコーナーのお茶を飲んだり、珈琲を飲んだりしながら、場になじむ。

みんなでおしゃべりしながら、リラックス。

私とあいちゃんは、話しながらも、鉛筆を削ったりしている。

photo by Natsumi Suzuki

そしてはじまる描画会本編。

まずは「素材と出逢う」時間が30分ほど。

今回の素材は、鉛筆。

「あくまでも、参考までに、ということでレクチャーは行うけれど、あくまでも参考。

 自分が一番心地いい描き方を、探して、選んでくださいね。」

そんなことを伝えつつ、鉛筆の使い方のコツや、デッサン技術をかい摘んでお話ししていく。

鉛筆を紙の上で動かしながら、実践しながら。

だんだん、見てるだけ聞いているだけじゃ、みなさんつまらないだろうなと思えてきて、

「見るより、やりたいよね」

ということで、全員にスケッチブックと鉛筆を手渡す。

途端に、だった。

全員が、目の色を変え、夢中で腕を動かし、赴くままに紙の上で鉛筆を走らせはじめた。

次々に鉛筆の種類を変え、動かし方を変え、目の前の素材に集中している。

「おお・・・」と圧倒されつつも、引き続きレクチャーを続けていたのだけど、みんながあまりに紙と鉛筆に集中しているものだから、思わずつっこんだ。

「あのさ、みんな、私の話、聞いてないよね」

全員、ふふと笑いながら引き続き手を動かしていて、なんなのこの人たち、最高だなと思った。

ちなみに、今回の参加者の皆さん、「絵はもともと、苦手意識があった」「学校で授業を受けて以来描いていない」という人が大半を占める。

その後は、モデルさんにポーズを取ってもらいながら、クロッキーとデッサン。

今回から、厨房に籠らないで済むことになった私は、全体が見渡せる場所で過ごしながら、タイムキーパーをしつつみんなの様子を観察していた。

で、笑わずにいられなかった。

全員が、リアルに子どもみたいな顔で、描画に夢中になっている。

口開いてる。

前のめりな態勢の人。

両肘を机について小さな子どもみたいな描き方の人。

深くソファに腰掛けて描く人。

上半身がずっと前後にゆらゆらしているのに多分気づいていない人。

仁王立ちの人・・・

おもしろい。おもしろい。

夢中になると、大人って、こんなにも子どもみたいになっちゃうものなのか。

お行儀よくしてる人なんて一人もいない。

描画の時間が中盤に差し掛かってくると、全体の雰囲気はさらにやわらいできて、

おやつを食べはじめる人

食べながらも描いている人

クレパスや絵の具に持ち替えている人

ほっとした顔で手を止めてぼんやりしている人

火の点いていない灯油ストーブの上で描いてる人(なぜ笑)

畳に座ってストレッチする人・・・

「誰かがワガママをいうことで、別の誰かが安心して自分のワガママが言えるようになったりもするものだよ。だから、何か『こうしたい』が生まれたら、恐れずにシェアしてみてください。たとえ願い通りにならなかったとしても、それを言うことで、何かしらの変化が場に生まれるから。」

そんな話を、序盤にさせてもらっていたのもあってか、会の終盤こんな出来事があった。

最後の1時間半ほどはモデルさんに固定のポーズをしてもらうという前提があったのだけど、

「できれば変更して欲しい」

とリクエストする人が現れた。別のポーズで描いてみたくなった、と。

「提案してくれてありがとうございます。どうでしょう?みなさん」

と全体に声をかけると、

「や・・・、まだこのポーズが描きたいです」という人がいた。

リクエストした人は、「じゃ、描く場所を変えてみる」と、席を移動する選択をした。

少しのわだかまりも残さずに、互いが互いの正直な選択を尊重しているのがわかって、気持ちが良かった。

(この二人、初対面です)

また、途中から「モデルさんを描くことをやめる」という選択をした人もいた。

色とりどりのパステルで、大きな円のような形を描きはじめる。

本人から後で、「モデルさんを感じながらも、感じるがままに手を動かしてみたくなったから、そうしてみた」と聞いた。

drawing by Natsumi Suzuki

【モデルさんがいる=モデルさんを描かなければいけない】

というわけじゃない。一番の目的は、作品を残すことでもなければ、上手に描こうとすることでもない。

ただ、内側からの声に従って、動くこと。それだけだ。

実際、彼女がそうしてくれたことで、場全体の空気は大きく動いた。

彼女がパステルを大きく回しながら動かし始めた、そのあたりから、その場にいた全員の筆の勢いが変わったように感じた。さっきよりも大きく、柔らかく、全体が動いていた。

「各々が完全に自分に集中していながらも、全員が一緒にその場を生み出している」

そんな空気の膨らみ、空気の動き、言葉のいらない伝達・・・

そんなものを感じられた気がして、私は一人静かに感動していた。

「ワガママ」と「自分勝手」は別物だなと、常々感じる。

質のいいワガママとは、言ってみれば、シンプルな「内側からの声」を聞いてやる、言ってみる、やってみる。そんな行為なんじゃないかなと感じる。

逆に、「自分以外の誰かを変えてやろうとする言動」「自分以外の誰かに影響を与えてやろうとする言動」を、「自分勝手」と呼ぶような気がする。

質のいいワガママ(われがままの本音)は、他のだれかのワガママも、安心して引き出してあげることができる。

一人一人が存分に、「自分のワガママ」を聴いてあげて、そのままに行動した結果、ほんとうに多種多様。個性とこだわりがそれぞれに輝く、たくさんの魅力的な描画が完成していた。

シェア会では、どんなことを感じながら描いていたのか、包み隠さず話してもらった。

それがほんとうに、どれも面白かった。

3時間の描画会。

人数分のドラマとストーリーが、3時間の中でやっぱりちゃんと、濃密に、展開されていた。

Drawing by

M. Saeki

A. Aizawa

M. Sanada

K. Sekiguchi

一人一人のドラマを事細かに書き記したいけど、とても一つのブログ記事に収まる量じゃない。

ああでも、なんとか書き記すすべはないかな・・・

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うまく描くことが目的じゃない。

そっくりに描くことが素晴らしいというわけじゃない。

自分の内側から溢れ出たものを、ただただ、素直に感じてあげること。

感じたら、好きな描画材を手に取り、その手を紙の上で動かしてもいいし、動かさなくてもいい。

毎瞬間の、自分のまんなかからの声を、ただ聞いて、その通りにしてあげてください。

その声だけが、世界で唯一の正解です。

自分の内側の声を、素直に聴く。ジャッジすることなくただ感じる。

そんなことができるようになればなるほど、自分への信頼は高まる。

見える世界は、ますます愉快でカラフルなものになると確信している。

その練習や実践を、安心してできる場所が、「ー自分のまんなかに出逢うー 遊ぶる描画会」

第一回目は、なんだか、完璧すぎるほどに大成功だった。

万々歳である。

私はといえば、朝の光が差し込む心地よい喫茶店で、全体を見渡しながら終始、みんなの行動にニヤニヤして過ごした。セロトニンがですぎたのか、副交感神経が活発になりすぎたのか、お腹が空いてるわけでもないのにずっとお腹が盛大な音でゴロゴロと鳴っていてちょっと恥ずかしかった。

どんどん研ぎ澄まされていく本音に、たくさん出逢える場所。

それは、参加者のみんなだけじゃなく、私にとっても同じこと。

新しい空気がこれからも、次々と生み出されていくのだろう。

次回からの展開も、ますます楽しみだ。

毎月1回開催、「自分のまんなかに出逢うー 遊ぶる描画会 ー」

次回は3月22日(日)、9時半に喫茶店Open、10時 Start です。

(イベントページは後日公開)

自分のまんなかに、出逢いにきてね。

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